生きた体験のために手法に遊ぶ
「現象までの道筋が厳密に決まっておらず、観客の反応によって対応と手法を柔軟に変えていく種類のマジック」というものがあります。この種類のマジックでは手順が毎回変わるため、マジシャンは演技のたびにライブならではの新鮮さと緊張感を味わえます。そしてこのことは観客に常に「生きた体験」を経験してもらえることに直結します。
その一方で、手順が決まっていないためにテクニックの引き出しや人間としての対応力が問われる難しさがあり、パフォーマー自身の実力が結果に如実にあらわれるという面もあります。こういう演技をしっかりできるという事はイコールその人自身に魅力と能力が身についている証拠と言えると思います。
今回ご紹介する『スキン』は正にそんなマジック。演者の力量がそのまま試される代わりに、観客の体験は激烈。「タネのあるマジックとは思えない」とはメンタル系の手順でよく聞く表現ですが、スキンほどこの表現に当てはまるものはないでしょう。
観客から借りたコインを握って貰うのですが、そこから観客が知覚する現象は、次のようなものです。
感覚を操作する
- 握った手の皮膚に「ピリピリ」や「チクチク」する妙な感覚を覚える。
- コインを握っている手の脈がどんどんゆっくりになり、最後は止まってしまう。
- 脈の動きが手の中のコインに移動し、コインが脈打ち、場合によっては動き始める。
- 握った手の甲を見つめていると、血管やシワでコインの年号の数字が形となって浮かび上がってくる。
- 観客が読み取った年号を、マジシャンが観客のイメージを読み取って、当ててしまう(もちろん、観客に事前に確認してもらっていた年号と一致している)。
- 手を開いてもらうと曲がったコインが出てくるが、それが手のひらに乗った状態のままオープンに目の前でさらに曲がってゆく。
- マジシャンがコインを手に取り、さらに曲げてゆく。
ベンジャミン・アールは超絶技巧のカーディシャンとして知られていますがその一方で10代のころからメンタル・マジックに興味を持ち、心理学を専攻したりダレン・ブラウンを初めとするメンタリストの著書や人の知覚に関する著書を研究するなどしてきました。そして10年以上に及ぶ実演と改良の末に「自分で作り出したもののなかで最も成功したマジックのひとつ」と言うまでに至ったこの現象を作り出したのです。
また収録されているPDFファイルには、DVDでは語られなかった『スキン』の成り立ちや参考文献、クレジットなどを読むことができます(もちろんこちらも日本語版です)。
…ここまで書いておいて何ですが
正直に言ってしまうと、実はこのマジックをそのまま日本で行うのは難しい部分があります。それは日本の硬貨を曲げると法律に抵触してしまう可能性があるから。しかしそれでも我々はこのDVDをご紹介する価値があると判断しました。
それはこのマジックの根幹を成す「原理」が、現象を成立させるための要素というだけではなくパフォーマーとしてのあり方に深く関わる部分だからです。秘密に関わる部分なので詳しく書けませんが、観客に強烈な体験を提供するという意味でどんなマジックにも共通する重要な核心です。ここを理解すれば、メンタル・マジック以外の手順を演じるときにも、観客の受け取り方をかなり変えることができるでしょう。そのようなパフォーマンスの根底に関わる内容こそが、このDVDで一番紹介したい部分なのです。(滝沢敦)
*日本円の硬貨を変形させることは法律に抵触する可能性があります。
*PDFファイルを見るにはパソコンが必要です。